あなたは「狭山事件の姉の証言って何があったの?」と疑問に思ったことはありませんか?結論、姉の証言は事件の有罪判決に大きな影響を与えましたが、その信用性には多くの疑問が残されています。この記事を読むことで狭山事件における姉の証言の内容と、その後の展開がわかるようになりますよ。ぜひ最後まで読んでください。
Contents
1.狭山事件の姉の証言とは

事件概要と身代金受け渡しの場面
1963年5月1日、埼玉県狭山市で高校1年生の少女が行方不明となり、同日自宅に身代金を要求する脅迫状が届けられました。
脅迫状には「20万円を女性に持ってこさせろ」という指示が書かれていました。
5月2日深夜0時頃、被害者の姉である登美恵さんが、指定された「佐野屋」という場所に偽の身代金を持って向かいました。
40人もの警察官が張り込む中、犯人は暗闇から姉に声をかけてきました。
姉と犯人の間で約10分から12分にわたる会話が行われましたが、犯人は警察の存在に気づき「警察に話したんべ。そこに2人いるじゃねぇか」と言って逃走しました。
この身代金受け渡しの場面が、後の裁判で重要な証拠となる姉の証言の舞台となったのです。
姉・登美恵さんが証言した内容
登美恵さんは身代金受け渡しの際、犯人と直接会話をした唯一の家族でした。
事件後の取り調べで、彼女は犯人の年齢について「26歳から27歳、あるいは33歳くらい」と証言しています。
さらに声の印象については「ごく普通の声で、どちらかといえば非常に気の弱そうな、おとなしい、静かな声であった」と述べました。
また、被害者失踪後には「カバンに漫画本の月刊誌が入っていた」という具体的な証言もしています。
この証言は実際に正しかったのですが、当日朝に被害者と別れた姉が知るはずのない情報でした。
なぜなら、その漫画雑誌は被害者が学校で友人から借りたものだったからです。
犯人の声に関する証言
石川一雄氏が逮捕された後、登美恵さんは重要な証言をしました。
警察は逮捕から約11ヶ月後、石川氏だけを登美恵さんに会わせて声を聞かせるという方法で確認を行いました。
登美恵さんは石川氏の声について「そっくりだったです」と証言しました。
また、身代金受け渡しの際に登美恵さんの脇にいた狭山市立堀兼中学校教育振興会会長も「声全体から受ける感じがピッタリだった」と証言しています。
この声の識別証言は、自白や筆跡鑑定とともに石川氏を有罪とする重要な証拠として採用されました。
しかし、この証言方法には大きな問題があったことが後に指摘されることになります。
2.姉の証言をめぐる疑問点

声の識別証言の信用性
姉の声の識別証言には、科学的な観点から重大な疑問が提起されています。
再審請求で提出された厳島行雄・日本大学教授による心理学鑑定では、証言の信用性がないことが明らかにされました。
最も大きな問題は、警察が石川氏一人だけを見せたり声を聞かせたりして確認させたという手続きです。
この方法は「この人が犯人だ」という強い暗示を与え、先入観を植え付ける危険性が極めて高いと指摘されています。
諸外国では、このような単独での識別確認は信用性がない手続きとして認められていません。
さらに、声だけによる識別は目撃証言以上に冤罪を生む危険性が高い証拠とされています。
事件から11ヶ月も経過してからの確認であり、記憶の変容や捜査官からの暗示の影響を強く受けていた可能性があります。
カバンの中身を知っていた不自然さ
姉の証言の中で特に不可解なのが、被害者のカバンの中身に関する証言です。
登美恵さんは被害者失踪後、カバンの中に特定の漫画雑誌が入っていたと証言しました。
この証言は事実と一致していましたが、朝に被害者と別れた時点では姉が知るはずのない情報でした。
その漫画雑誌は被害者が当日学校で友人から借りたものだったからです。
ではなぜ姉はカバンの中身を知っていたのでしょうか。
この疑問について明確な答えは示されていませんが、事件の真相を知る立場にあった可能性を示唆する声もあります。
あるいは、発見されたカバンを事前に確認していた可能性も指摘されています。
犯人の年齢証言の矛盾
身代金受け渡しの現場では、複数の人物が犯人の年齢について証言しています。
登美恵さんは犯人の年齢を「26歳から27歳、あるいは33歳くらい」と証言しました。
一方、登美恵さんの脇にいた男性は「中年の男」と証言しています。
張り込んでいた警察官も「30歳以上、またはその前後」と証言しました。
しかし、逮捕された石川一雄氏は事件当時24歳でした。
複数の証言者が示した年齢よりも若かったのです。
この年齢の矛盾は、石川氏が真犯人ではない可能性を示す重要な要素の一つとされています。
3.姉の自殺とその背景

死刑判決後のノイローゼ
事件の翌年である1964年、石川一雄氏に一審で死刑判決が言い渡されました。
登美恵さんはこの判決が出た直後から、深刻なノイローゼの症状を示すようになりました。
医師が正式にノイローゼと診断するほど、彼女の精神状態は悪化していきました。
妹を殺した犯人に死刑判決が出たのであれば、通常は安堵や喜びを感じるはずです。
しかし登美恵さんの反応は全く逆で、極度の精神的苦痛を示していました。
この不自然な反応について、石川氏が真犯人でないことを知っていたのではないかという推測がなされています。
犯人ではない人物に死刑判決が出たことへの罪悪感や葛藤が、彼女を苦しめていた可能性があります。
自殺の状況と医師の証言
1964年7月14日、登美恵さんは農薬を飲んで自殺したとされています。
しかし、この死の状況には多くの不審な点が指摘されています。
医師が呼ばれた時にはすでに死後硬直が始まっており、かなりの時間が経過していました。
遺体はきちんと布団に寝かされており、農薬自殺に特有の苦悶・失禁・嘔吐の跡がありませんでした。
診察した医師は「奇異な感じを受けた」と語り、「あの死は今でも農薬自殺とは思えない」と証言しています。
さらに、医師が農薬の瓶の所在を尋ねると、長兄がどこからか瓶を出してきました。
その瓶はまるで新品のようにきれいに洗われていたといいます。
「本当は納屋で首を吊っていた」という噂も流れましたが、真相は明らかになっていません。
遺書に残された言葉
登美恵さんは遺書を残していたとされています。
遺書には「もっと(長兄に)相談したかった」という言葉が書かれていました。
また「2人で真っ黒になって働いていた頃が一番幸せだった」とも記されていました。
さらに印象的なのが「私は美しい花をみても美しく思えない女になってしまった」という言葉です。
この言葉からは、彼女の深い絶望と心の闇が感じられます。
長兄は週刊誌記者に対し「日記には常識では考えられないようなことが書いてあった」と発言していますが、その内容は明かされていません。
登美恵さんは事件の1年前に長兄の中学時代の同級生と婚約し、入籍していました。
しかし夫は葬儀にも呼ばれず、遺書の現物も見せてもらえなかったと証言しています。
4.証言が事件に与えた影響

有罪判決における証言の位置づけ
登美恵さんの証言は、石川一雄氏を有罪とする上で極めて重要な役割を果たしました。
1974年の東京高裁の寺尾判決では、姉の声の識別証言が有罪の根拠の一つとして採用されました。
この判決では、筆跡鑑定、目撃証言、そして声の識別証言が自白を離れた有罪証拠として列挙されています。
特に、犯人と直接会話をした姉の証言は、石川氏が現場にいたことを示す証拠として重視されました。
姉と同行していた男性も同様の証言をしたことで、証言の信憑性が補強されたとされました。
しかし、これらの証言がすべて不適切な確認手続きによって得られたことは判決では考慮されませんでした。
現代の科学的知見からは信用性に乏しいとされる証言が、一人の人間の運命を決定づけたのです。
再審請求で提出された心理学鑑定
狭山弁護団は、姉の証言の問題点を明らかにするため、複数の専門家による鑑定を提出しました。
2008年8月に提出された厳島行雄・日本大学教授による心理学鑑定では、声の識別証言の信用性がないことが科学的に証明されました。
鑑定では、事件後11ヶ月も経過してから石川氏一人だけを対象に確認させる方法の問題点が指摘されています。
このような手続きは捜査官からの暗示の影響を強く受ける危険性が極めて高いとされました。
また、声だけによる識別は視覚情報を伴う目撃証言よりもさらに誤認の危険性が高いことが明らかにされました。
諸外国では、このような単独での識別確認は証拠として採用されない手続きとされています。
弁護団は、この鑑定結果をもとに証人尋問と事実調べの実施を裁判所に求めています。
冤罪論における姉の証言の再評価
狭山事件の再審請求運動の中で、姉の証言は大きく再評価されてきました。
声の識別証言については、科学的根拠のない証拠であることが明確になりました。
カバンの中身に関する証言の不自然さも、事件の真相を知る立場にあった可能性を示唆するものとして注目されています。
そして最も重要なのが、石川氏への死刑判決後のノイローゼと自殺という事実です。
これは石川氏が真犯人でないことを知っていた可能性を強く示唆するものとされています。
弁護団は、姉の証言を含む有罪の証拠がすべて合理的疑いが生じていると主張しています。
筆跡鑑定、目撃証言、声の識別証言のすべてが科学的鑑定によって証拠価値を失っているのです。
石川一雄氏は2025年3月に86歳で逝去しましたが、遺志を継いだ妻の早智子さんが第4次再審請求を行っています。
まとめ
この記事のポイント
- 姉の登美恵さんは身代金受け渡しの際に犯人と会話し、石川氏の声に似ていると証言した
- 声の識別証言は不適切な確認手続きによって得られたもので、科学的信用性がない
- 姉はカバンの中身を知るはずのない情報を証言しており、不自然な点が多い
- 犯人の年齢証言は石川氏の実年齢24歳と矛盾している
- 石川氏への死刑判決後、姉は深刻なノイローゼになり農薬自殺した
- 自殺の状況には多くの不審点があり、医師も農薬自殺とは思えないと証言している
- 姉の証言は有罪判決の重要な根拠とされたが、再審請求では心理学鑑定で信用性が否定された
- 現代では姉の証言を含む有罪証拠すべてに合理的疑いが生じているとされる
狭山事件の姉の証言は、一人の人間の運命を左右する重要な証拠とされましたが、その信用性には大きな疑問が残されています。科学的知見の進歩により、当時は認められた証拠が現代では信用できないものであることが明らかになってきました。真実の解明に向けて、今も多くの人々が声を上げ続けています。
関連サイト
狭山事件 無実を示す新証拠(狭山事件の再審を求める市民の会)
