あなたは「プラス マイナス 解散 理由って何だったの?」と気になっていませんか?結論、岩橋良昌さんのSNS投稿問題により吉本興業との契約が解消され、コンビ解散に至りました。この記事を読むことで解散の真相や背景、そして両者の現在がわかるようになりますよ。ぜひ最後まで読んでください。
1.プラス マイナス解散の経緯と背景

プラス マイナスとは?コンビの歴史と実績
プラス マイナスは2003年6月に結成された関西を代表するお笑いコンビです。
岩橋良昌さんと兼光タカシさんは大阪府立交野高等学校の同級生で、NSC大阪校25期生として共に芸人の道を歩み始めました。
岩橋さんはツッコミ担当で、強迫性障害を公表しており、その症状による奇行や体つき芸が持ちネタでした。
一方、兼光さんはボケ担当で、ものまね芸を得意としており、特に麒麟の田村裕さんのものまねが有名でした。
コンビ名の由来は、岩橋さんがプラス思考で兼光さんがマイナス思考という対照的な性格から名付けられています。
2007年にはNHK上方漫才コンテストで最優秀賞を受賞し、2023年には上方漫才大賞で大賞を獲得するなど、関西のお笑い界で確固たる地位を築いていました。
約21年間にわたるコンビ活動は、まさに順風満帆に見えていたのです。
解散に至るまでの時系列
プラス マイナス 解散に至るまでの流れは、2023年後半から岩橋さんのX(旧Twitter)上での発言が過激化したことから始まりました。
岩橋さんは自身のSNSで、プロデューサーや共演者に対するモラハラやパワハラを告発する投稿を繰り返すようになりました。
吉本興業は岩橋さんと何度も面談を行い、注意指導を繰り返し実施していました。
しかし、改善の兆しは見られず、2024年2月21日にも面談が行われましたが、その直後に再び当社からの注意や要請に反する投稿が行われました。
同日、岩橋さんは自身のXで「俺は自由に生きる」「兼光ごめん、ありがとでした」「吉本、芸人辞めます お疲れ様でした」などと連投しました。
2024年2月22日、吉本興業は岩橋良昌さんとのマネジメント契約解消を正式に発表しました。
これにより、プラス マイナスは事実上の解散となったのです。
吉本興業との契約解消の発表内容
吉本興業は2024年2月22日、公式サイトを通じて岩橋良昌さんとの契約解消を発表しました。
発表文では、「X等のSNSにおいて、関係者の名誉を毀損する不適切な投稿行為や配信が認められた」と説明されています。
「当社はマネジメント会社として、その都度面談のうえで注意指導を繰り返し実施してまいりました」とし、再三にわたる指導があったことが明かされました。
2024年2月21日にも岩橋さんと面談を実施したものの、その直後に当社からの注意・要請に反する投稿を行ったことから、これ以上のマネジメント契約の維持は困難と判断したとのことです。
吉本興業は「一方的にお名前を出された方々に多大なご迷惑をおかけいたしましたこと、お詫び申し上げます」と謝罪しました。
また、「岩橋及びプラス・マイナスとして予定していた芸能活動については、改めてFANYチケット公式サイト等でご報告申し上げます」とし、ファンへの配慮も示されました。
相方の兼光タカシさんは吉本興業所属のピン芸人として活動を継続することも併せて発表されました。
2.プラス マイナス 解散 理由の真相

岩橋良昌のSNS投稿問題とは
岩橋良昌さんのSNS投稿問題は、2023年後半から徐々に深刻化していきました。
岩橋さんは自身のX(旧Twitter)で、過去に受けたとされるパワハラやモラハラについて、具体的な人名を挙げながら告発する投稿を繰り返しました。
投稿内容には、テレビ番組のプロデューサーや共演者に関する批判的な内容が含まれており、関係者の名誉を毀損する可能性がある発言も多数ありました。
吉本興業は岩橋さんに対して、SNSでの不適切な投稿を控えるよう何度も注意指導を行いましたが、投稿は止まることがありませんでした。
特に問題視されたのは、一方的に特定の個人や企業の名前を出して批判する行為でした。
こうした投稿により、吉本興業や関係者に多大な迷惑がかかり、マネジメント会社として契約を維持することが困難になったのです。
岩橋さん自身は、自分の正義を貫くために真実を発信していると主張していましたが、社会的なルールや配慮に欠ける部分があったと後に反省の弁を述べています。
強迫性障害との関係性
岩橋良昌さんは以前から強迫性障害を公表しており、この病気が解散騒動に深く関係していたと本人が語っています。
強迫性障害は、自分の意思に反して不安や不快な考えが繰り返し浮かび、それを打ち消すために特定の行為を繰り返してしまう精神疾患です。
岩橋さんは「女の子の前で卑猥なことを言うのが止まらなくて」など、約30年間この病気に悩まされてきたと告白しています。
2024年1月、岩橋さんの強迫性障害やチック症のような症状が爆発してしまい、自暴自棄な状態に陥りました。
「死にたい」という気持ちになり、「胸の中にある腹が立っていることを言ってからじゃないと終われない」というモードになってしまったと語っています。
病気の症状により、SNSでの告発投稿を止められなくなったというのが、岩橋さんの説明です。
ただし、病気が理由であっても、社会的なルールを守ることや他者への配慮は必要であり、岩橋さん自身も後に「知識のなさ」「短絡的な行動」として反省の意を示しています。
この事例は、メンタルヘルスの問題と社会生活のバランスの難しさを改めて浮き彫りにしました。
パワハラ告発が引き起こした波紋
岩橋良昌さんによるパワハラ告発は、芸能界に大きな波紋を広げました。
岩橋さんは、過去に受けたとされるパワハラやモラハラについて、具体的な番組名や人物名を挙げながらSNSで告発しました。
告発内容には、テレビ番組の収録現場での扱いや、芸能界の上下関係における理不尽な出来事などが含まれていました。
岩橋さんは「もう浜田さんとの絡みがなくなってもいいと思って」と語っており、芸能界での立場を失うリスクを承知の上での告発だったことが伺えます。
しかし、告発の方法が一方的なSNS投稿であったため、名前を出された関係者に多大な迷惑がかかる結果となりました。
吉本興業は「一方的にお名前を出された方々に多大なご迷惑をおかけした」と公式に謝罪しています。
告発の内容の真偽については検証されていない部分も多く、一方的な主張であったことが問題視されました。
この騒動は、芸能界におけるパワハラ問題の存在を示唆する一方で、告発の方法や手順の重要性も浮き彫りにしました。
吉本興業からの注意指導と最終判断
吉本興業は岩橋良昌さんに対して、何度も面談を重ね、注意指導を繰り返し実施していました。
SNSでの不適切な投稿が始まった当初から、吉本興業はマネジメント会社として岩橋さんと面談の場を設け、投稿を控えるよう指導していました。
しかし、岩橋さんの投稿は止まることなく、むしろエスカレートしていく傾向にありました。
2024年2月21日にも岩橋さんと面談を行いましたが、その直後に再び当社からの注意や要請に反する投稿が行われました。
この時点で、吉本興業は「これ以上のマネジメント契約の維持は困難」と最終判断を下しました。
契約解消は「やむなく」行われたものであり、吉本興業としても可能な限り岩橋さんをサポートしようとしていたことが伺えます。
最終的には2024年2月22日付で、岩橋良昌さんとのマネジメント契約が解消されました。
この決断により、プラス マイナスは解散、兼光タカシさんはピン芸人として活動を継続することとなったのです。
3.相方・兼光タカシが語る解散の真実

LINE1通で告げられた突然の解散
兼光タカシさんにとって、プラス マイナスの解散はまさに青天の霹靂でした。
2024年2月21日、兼光さんは岩橋さんのXの投稿「兼光ごめん。ありがとでした。吉本、芸人辞めます。お疲れ様でした」を目にしました。
最初は「は?聞いてへんて」と思いながらも、「どうせまた思いつきで言ってんねやろ」と楽観視していたといいます。
しかし、その後岩橋さんから「ごめんな、辞めるわ。今までありがとう、頑張って」というLINEが1通届きました。
兼光さんは「ライン1通で解散を告げられた」と後に語っています。
21年間コンビを組んできた相方から、たった1通のLINEで解散を告げられるという衝撃的な展開でした。
兼光さんは岩橋さんに電話をかけましたが、岩橋さんは電話に出ることはありませんでした。
さらに岩橋さんが「プラスマイナスも解散です」と勝手にXに投稿しているのを目にし、「あのラインが彼との最後の連絡だった」と振り返っています。
「んな一方的で身勝手なことある?21年コンビを組んでてライン1通で終わりって」と当時の心境を綴った兼光さん。
「寝耳に水だった。寝耳に水どころか、寝耳に硫酸ぐらいだ」という強烈な言葉で、そのショックの大きさを表現しました。
兼光タカシの心境と相方への思い
兼光タカシさんは、解散当時の心境を「怒りと悲しみと切なさと悔しさが入り混じった」と表現しています。
岩橋さんと唯一連絡が取れていたマネージャーに確認してもらったところ、「岩橋さんは解散で、と言ってます」と告げられました。
兼光さんは「じゃ、じゃあ解散で…」とあっさり解散を受け入れるしかなかったといいます。
「あまりにも呆気なすぎた。プラス・マイナスがかわいそう過ぎる。兼光がかわいそうすぎる」と自らの境遇を嘆いています。
特に辛かったのは、2023年に上方漫才大賞で大賞を受賞し、まさに順風満帆の最中だったことです。
仕事場での岩橋さんは「ごく普通」だったため、突然の解散宣言に翻弄されたといいます。
兼光さんはテレビ番組で「子供も生まれるのに…」と語っており、家族を抱えながらの突然のピン転向という不安も吐露しています。
一方で、兼光さんは岩橋さんに対して恨みつらみを述べるだけでなく、「江頭さんも兼光君も全く悪くないです。それは事実です」という岩橋さんの投稿も紹介しています。
複雑な思いを抱えながらも、21年間共に歩んできた相方への思いは簡単には切り離せない様子が伺えます。
解散後のピン芸人としての活動
兼光タカシさんは、解散後吉本興業所属のピン芸人として活動を継続しています。
2024年4月、兼光さんはテレビ朝日系『耳の穴かっぽじって聞け!』で解散の経緯を初告白しました。
同年5月には、カンテレのバラエティ番組『お笑いワイドショー マルコポロリ!』の「セカンドチャンスをつかみたい男たちSP」に出演しました。
番組のカメラは兼光さんの劇場出番に密着し、芸歴20年にしてピン芸人となった現在の偽らざる思いを伝えています。
兼光さんは得意のものまね芸を中心に、ピン芸人としての活動を模索しています。
千鳥がMCを務める『チャンスの時間』では「ブレイキングヤンチャオーディション」のピンで出直し芸人呼び出しSPに出演し、新たな挑戦を続けています。
解散から数ヶ月が経過し、兼光さんは徐々にピン芸人としての活動の場を広げています。
ただし、21年間コンビで培ってきた漫才のスキルをピン芸にどう活かすかは大きな課題です。
それでも、兼光さんは前を向いて芸人としてのキャリアを継続する道を選択しており、ファンからの応援の声も多く寄せられています。
4.解散後の岩橋良昌と兼光タカシの現在

岩橋良昌の謝罪と今後の活動方針
岩橋良昌さんは、2024年2月28日に自身のYouTubeチャンネルで約3分半の謝罪動画を公開しました。
動画の中で岩橋さんはスーツ姿で登場し、「私の知識のなさ、そして短絡的な行動、子供です。なんかすごい情けないです」と神妙な面持ちで語りました。
「世の中のルールを知らない軽率な行動により、ファンの方々は急に公演がなくなったり、単独ライブがなくなったり、がっかりさせてしまった方も多いと思います」と謝罪しています。
動画内で計7回頭を下げ、ファン、吉本興業、相方の兼光タカシさんへの謝罪の意を表しました。
「一番に考えないといけないはずのファンの方々のことを、自分のことを優先してしまった軽率な行動、非常に今反省をしております」と述べています。
特に兼光さんに対しては、「コンビだったのに急にピンになって、仕事がなくなり、ピン芸人になることを強いられてしまった相方の、長年一緒にやってきてくれた相方の兼光くんにも本当に申し訳ないと思っております」と深々と頭を下げました。
今後の活動については、「自分でできる範囲で、ひとりでやっていこうと思っております」と表明しています。
岩橋さんは自身のYouTubeチャンネルやオンラインサロンなどで、自分の考えや体験を発信し続けており、芸人としての活動は継続する意向を示しています。
兼光タカシのピン芸人としての挑戦
兼光タカシさんは、吉本興業所属のピン芸人として新たなキャリアをスタートさせています。
解散直後は「一時休止」も考えたものの、最終的には芸人として活動を継続する道を選びました。
兼光さんの強みは、長年培ってきたものまね芸です。
特に麒麟の田村裕さんのものまねは定評があり、ピン芸人としてもこの強みを活かした活動を展開しています。
2024年6月には、千鳥がMCを務める『チャンスの時間』の「ピンで出直し芸人呼び出しSP」に出演し、元GAGのヒロユキMc-II、元魔族のサドヤマエスらと共に新たな挑戦を披露しました。
番組では解散の経緯についても語り、「相方がバックれたんだよ」と率直な思いを吐露しています。
兼光さんは、1億2000万円で購入した家のローンを抱えながらのピン転向という厳しい状況にあります。
それでも「セカンドチャンスをつかみたい」という強い意志を持って、劇場やテレビ番組への出演を続けています。
ピン芸人としての活動はまだ始まったばかりですが、21年間のコンビ経験を糧に、新たな芸風を確立しようと奮闘中です。
プラス マイナス解散が芸能界に与えた影響
プラス マイナスの解散は、芸能界におけるSNSの使い方やメンタルヘルスの問題について改めて考えるきっかけとなりました。
岩橋さんのケースは、SNSでの不適切な発言が契約解消や解散につながる可能性を示した典型例となりました。
芸能事務所と所属タレントの間での、SNS使用に関するガイドラインの重要性が再認識されています。
また、強迫性障害などのメンタルヘルスの問題を抱える芸能人へのサポート体制についても議論が巻き起こりました。
岩橋さんのように病気を公表している芸能人は少なくありませんが、病気と仕事のバランスをどう取るかは重要な課題です。
上方漫才大賞受賞直後という絶頂期に解散した衝撃も大きく、芸能界の不安定さを象徴する出来事として注目されました。
一方で、兼光タカシさんのようにピン芸人として再出発する姿は、多くの芸人に勇気を与えています。
解散や契約解消があっても、芸人として活動を続ける道は残されているというメッセージになっています。
プラス マイナスの解散は、芸能界におけるさまざまな問題を浮き彫りにした出来事として、今後も語り継がれていくでしょう。
まとめ
プラス マイナス 解散 理由について、記事全体を読んでわかるポイントをまとめます。
- プラス マイナスは岩橋良昌さんのSNS投稿問題により2024年2月に解散した
- 岩橋さんは強迫性障害を抱えており、症状の悪化が告発投稿のきっかけとなった
- 吉本興業は何度も注意指導を行ったが改善されず、契約解消を決断した
- 兼光タカシさんはLINE1通で解散を告げられ、青天の霹靂だった
- 解散当時はちょうど上方漫才大賞受賞直後で、キャリアの絶頂期だった
- 岩橋さんは謝罪動画を公開し、YouTubeなどで活動を継続している
- 兼光さんは吉本興業所属のピン芸人として新たなキャリアをスタートさせた
- 21年間のコンビ活動が突然終わりを迎えた衝撃は芸能界全体に広がった
- この事件はSNSの使い方やメンタルヘルスケアの重要性を再認識させた
- 両者ともそれぞれの道で芸人としての活動を続けている
プラス マイナスの解散は、多くのファンに衝撃を与えましたが、両者とも新たな道を歩み始めています。岩橋さんには健康を第一に活動を続けてほしいですし、兼光さんにはピン芸人としての成功を願いたいですね。お笑いを愛する私たちは、これからも両者の活動を温かく見守っていきましょう。
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